洋服ブラシ

f0227716_16241775.jpg

三十代の青年がドアを開け、棚やラックの洋服には目もくれず言った「洋服ブラシ、ありますか」。むろんブラシはある。彼は嬉しそうな表情を浮かべ、次に困惑したように笑顔をくもらせた。

英国のクラシカルな映画のワンシーンに、玄関の映像があったらきっと映っているだろう。広い屋敷の玄関には最低三本のブラシが常備してある。屋外から館に入った紳士は、かならずコートを脱いてハンガーへ吊し、メイドがそれぞれのブラシを手にとって使い始める。左様、ブラシはそれぞれ用いる対象物によって使い分けられているのである。

三種とは汎用性の高いジャケット用、埃をはらう性能が高いコート用、それに帽子専用に作られた物だ。

ところで洋服にブラシをかける理由を、布に付着したゴミや埃を除去するためと心得る向きが多いけれど、さにあらず。繊維を糸にし、それを織ってこしらえた服地には、繊維の方向が決まっている。ブラッシングの第一義は、むしろ表面の繊維を梳いて繊維の乱れを整える役目。頭髪のブラッシングと同じなのだねえ。

洋服の手入れを重んじブラシの購入を決心して来られた先の青年は、まさかブラシに種類があると知らなかった。目的を尋ね、もっとも相応しいブラシを紹介し、彼は再び笑顔を取り戻した。そのツイードは亡き父の遺物だという。まもなく秋の彼岸。

絵と文・ふじたのぶお
[PR]

by foujitas | 2008-09-19 16:24 | 洒落日記  

<< グレイフランネル 夏秋服 >>