愛情と愛着

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洗濯機が故障した。朝になって気付いたら、床が水浸しになっていて騒動が始まったのである。原因を探るために分解してみると、取水口にある樹脂製の部品が経年劣化によってひび割れ、圧力を受けた水道水が噴き出していた。修理を試みるも、塩化ビニルの一体成形では手が施せない。部品の供給体制はすでに終わっていて、つまり選択肢は洗濯機を買い替えるしかない。他の機能は全く衰えておらず、ほとんど心外な買い物である。

日本の工業製品の精度や信頼性は世界的にみても評価が高く、近年では円熟の領域にあるといって良いだろう。それらの製造は多くが自動化され、均一で高度な品質を保つようになった。

しかし一方で「職人」と呼ばれる熟練工は、発達と反比例するように激減した。物事はコンピュータによって細かく設計され、寸分違わぬ精度でロボットが製造する。できあがった製品は、ほぼ設計された通りに劣化が進み、やがて使いたくても使えなくなる。

かつてモノを作る人、使う人が持っていた愛情や愛着は、現代の道具にとって無駄な代物だったのか。

一足の靴がある。すりへった底を張り替え、何年も使い続ける理由の一つは、履く人の足に馴染んだ中底が貴重だからであり、その感覚が愛着を培う。修理をする職人は、長年使い込まれた革を優しく手当する愛情を忘れない。そんな時代のほうが良かったなあ。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2009-06-12 17:24 | 洒落日記  

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