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洋服にみる陰陽五行説

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諸説がいわれる「陰陽五行説」は古く中国から伝わった考え方。あまねく世の物事は相反する陰と陽のからみ合いによって成り立つと説く。昼は陽、夜は陰。丸い物は陽、角い物は陰。奇数は陽、偶数は陰とあてがい、火水木金土が揃う「五」をキーワードにして、その組み合わせをもって端的にまとめるという思想である。

東洋の古い話しを西洋の衣服に充てること自体いささか乱暴だけれども、森羅万象におよぶのなら、それは如何なる事だろうか。

たとえば背広のボタンの数は本来「5」が基準。前立てが2釦なら袖は3釦、前立てが3釦なら袖は2釦で、足すと首尾良く5釦になる。派手なシャツを着たときは、地味なタイを組み合わせる。すなわちシャツが陽でネクタイは陰。女性のお洒落を考えても、上着丈が短くなればスカート丈は長くなり、やはり互いが対照的に変化してバランスを保っているのだねえ。

洋装ファッションの要素は、おしなべて欧州やアメリカの影響を受けたものだが、和の流儀と価値観は、したたかにユニバーサルな概念として通用するではないか。ならばお洒落に悩む必要はなく、メリハリを考えて選べば、すべからく当たらずとも遠からず。

そういえば気分が落ち込んだとき、パッと明るい洋服で過ごしてみたくなるものだ。陰陽五行説の歴史は、現代ファッション史が遠く及ばぬ数千年。これは恐れ入った。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-09-28 17:23 | 洒落日記  

ロングホーズとは何ぞや

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現代メンズファッショのルーツを遡ると中世ヨーロッパの貴族に辿りつく。背広の裾はぞろりと長く、ウェストは細くシェイプしていて、きらびやかな紋章や房飾りを提げ、腰にはサーベルを携えていた。

18世紀にもなると上着の裾は短くなり、本来は室内衣装だったジャケットは、屋外で着用されるようになった。同時にパンツの装飾品もシンプルに変化し、現在の形に近づいたのである。

それでも靴はブーツ丈が標準で、足の甲だけを覆う短靴は略式の扱いでしかなかった。たとえば馬に跨り、犬を伴って野山を駈けるフォックスハンティングは、いまに伝えられる英国皇族の社交的なライフスタイルだ。そのとき彼らが身につけたのが「ニッカー・パンツ」と呼ばれる、膝下までのパンツ。これに合わせて長い靴下とブーツを履いた。パンツの裾が軽快なアクションを妨げぬよう考案されたワケだ。

ロングホーズと名付けられた靴下は、すなわちハイソックスのような形をした、英国のカントリースタイルを象徴するアイテム。後にニッカーは現代生活から消えていったが、件の靴下だけは細々と生きながらえてきた。

それが最近の服飾雑誌に載っているとは、さて、きっと慌ただしい毎日の裏返しなのだろうねえ。かくてスローライフに願望を抱いてやまない現代人が目を付けた。誰に見せるでもなく、こっそり楽しむオヤジのロングホーズ。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-09-21 17:21 | 洒落日記  

先生方のノーネクタイ

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矢継ぎ早に起きる閣僚の交替劇は記憶になく、昨今のテレビには、政治家たちが様々な局面で取材に応える姿が映し出されている。たかが一介の洋服屋にまつりごとの批評など望むべくもないけれど、彼らの出で立ちを見るたびに首を傾げてしまうのだった。

それは誰もが思い込んでしまったクールビズ。スーツを着用したままネクタイだけを外して、堂々とカメラの前に立つ彼らの姿である。

「夏のビジネスを快適なスタイルで過ごそう」と発案されたクールビズだったが、記録的な猛暑にあっては洒落や粋に気が回らなくなったのか、安易に首を締め付けるタイだけを外してしまったような着こなしが目立ってきた。それでも取材を行う側は、上着を外してもネクタイを結んでマイクを持った。

国会だけの現象ではない。企業や団体を訪問するときなど、自分自身がへりくだらなければならない立場の場合、やはりスーツを着てタイを結ぶ。ところが迎える側はクールビズだといって砕けた装いで相対する。このアンバランスは、どうしても馴染めないのだねえ。

互いの立場を尊重する場面では、やはり正しい服装で臨むことが礼節。シャツや靴にも及ぶ男の着こなしにあって、スーツとタイは切っても切れぬ縁がある。涼感スタイルも終盤。政治も服装も、画竜点睛を欠くことのないよう。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-09-14 17:20 | 洒落日記  

おとなの定義

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秋の声を聞くようになると、ファッション情報誌には「おとなのナニガシ」という見出しが目立つ。装いにしても「大人の着こなしを楽しむ」とは考えてみれば抽象的。いったい何を指しているのだろうか。

落ち着いた雰囲気や知的な印象を与える「おとな」は、漢字で「大人」と記し、ときに「大人しい」と形容詞として用いられる。ちょっと言葉あそび。大人しいの対義語は本来「稚児しい」と書いて「ややこしい」といったそうだ。すなわち手が掛かって煩雑な幼児をみて創作されたという。現代日本語では言葉が転じて「荒々しい」を対義語にあてている。

ひるがえって男の洒落に関してはどうか。大人の意味は年齢を区切るものではなく、やはり落ち着き払って好ましい佇まいを表すもの。たとえ派手で明るい色合いの洋服でも、品格を重んじ理知的なムードを持ち合わせることが肝要。

まず良質な素材。着心地と耐久性を両立させた縫製。奇抜にすぎないデザイン。適正な価格。こうした点をていねいに吟味して選んだ洋服は、結果的に伝統的なスタイルに落ち着くものだ。一目に高価なブランド品を誇示するような着方は、必ずしも大人のすることではないのだよ。

寡黙に楽しむのも大人の着こなし。ややこしい格好なんて思われぬよう。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-09-07 17:19 | 洒落日記