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江戸前の粋

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「粋」という言葉を辞書でひいてみると「気性や態度、身なりがあか抜けしていて、自然な色気の感じられること。人情、世情に通じているさま。遊里、遊興に精通していること。」などとある(広辞苑より出典)。あるいは江戸後期の深川で、町人の間に生まれた美的感覚を狭義にいう場合もあるらしい。

いずれにしても、どこかで誰かと接点をもつ日常生活の中でこそ成り立つ概念であり、常にそれは相手を意識した身だしなみだ。

生活の営みを支える三要素は衣食住。それでは贅を尽くした生活が粋かというと、決してそうではない。希少な物、高価な物はたしかに珍重されることが多いけれども、それらを選びぬき、用いるセンスが肝要。とり違えたら野暮になりかねない。すなわち物事に対する予備知識を蓄えることこそ粋の第一歩。

左様、寿司を楽しみながら飲む酒は何なら美味いか。ショットバーで無造作に脱ぐコートの服地に一考。その所作や身のこなしの一つずつに人知れず造詣を深め、江戸前の粋は培われたのである。

あと数日で年が暮れる。一年を振り返って粋と野暮を並べてみたならば、やんぬるかな粋とは、なかなか難しいものだねえ。

来る年も粋なコラムで精進いたす所存。お付き合いいただければ幸いにございます。一年間のご愛読に深謝。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-12-28 21:37 | 洒落日記  

忘年会の風景

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指折り数えたら新年が明ける年の瀬。クリスマスプレゼントを探しに来られるお客様が途切れた夕暮れには、アーケードを通って歓楽街へ歩く大勢の人の姿が見える。楽しげな笑顔で年忘れの宴に向かう人々の着こなしは、オジサンとしては悔しいが、実のところ女性軍に軍配が上がる。

ご婦人方はみな、ウールやダウンのコートに身を包み、暖かそうなマフラーやストールを首に巻き、手袋を着けてさっそうと歩く。ヘアスタイルに気遣い、化粧をした姿は、たしかに身だしなみが整えられているのだ。では殿方はいかがか。セーターにジャンパー、チノパンかジーンズ。それらは、おおよそいつもの休日スタイルであり、特別に趣向を凝らせた様子は少ない。

こうした男女が一つのテーブルに就くと、ちょっとアンバランスで滑稽な風景になる。無礼講と言ってしまえば何でもないのだけれども、それが社交性の裁量というものだ。

日頃、あまり夜の街へ出かける機会が無いご婦人は、やはり特別な日と心得て洋服を考える。一方、何某に託けた酒飲み会へ再々出かける殿方は、ほとんど慣れっこ。肩の凝る洋服は面倒臭いのである。

しかし、いつもよりも洒落た出で立ちで飲む酒は、もしかするといつもより美味しいかも知れないねえ。忘年会、新年会はまだ続く。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-12-21 21:36 | 洒落日記  

パーティは平服で

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知己とカノジョが一緒になるというので、仲間や先輩方で祝うためのパーティをプロデュースした。それは昨今流行のレストランウエディングより、もっと親しく過ごせる内容である。

会場は自前のクリスマスハウスを使い、川下のステーキハウスに頼んだ料理を中心に、仲間がこしらえた岩国寿司、川西で話題のカレー鍋などを持ち寄る。装飾や案内もすべて自家製。十数名のスタッフが持ち前のスキルを存分に発揮した、足かけ二日におよぶ連続三十時間のパーティは、まさしく前代未聞の企画だった。

さて、一般的に案内状が届けられると「平服でお越し下さい」と記してある場合が多い。常識として扱われる「平服」は、マナーに関する書物などを調べても、いまひとつ明確な回答が見つからず、はたと困ってしまう事がある。

今回の案内にも左様に記載してお誘いしたが、判断されるゲストに対して気遣い、パーティの趣旨や内容を解りやすく追記しておいた。これによってお客様は、ホストとの関係を量りながら、最も相応しい服装を選んで来られたのだ。それはタキシードからジーンズまで多彩なもので、いずれも正しく、かつ愉快な眺めでもあった。

洋風のライフスタイルが一般化する裏側で「平服」という言葉が鬼門になるとは、皮肉なものだねえ。パーティは楽しんでナンボ。TPOの概念を正しく理解していれば、はっは、造作もない。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2007-12-14 21:34 | 洒落日記  

クリスマスの彩り

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日が暮れると寒さを感じるようになった。駅前商店街でもイルミネーションが灯され、コートの衿を立てて足早に歩く人々の目を楽しませている。季節感が薄らいだようでも、気づいてみれば師走。山手町でクリスマスハウスを営んでいた頃が、もう懐かしく思えてくるねえ。

ところでクリスマスには必ず登場するサンタクロース。もとは濃色だった彼のガウンが赤いのは、アメリカの炭酸飲料水を扱う企業の宣伝のために着せ替えられ、いつのまにか「赤いサンタさん」が世界中で市民権を得たという話はご存じの向きもあろう。幼い頃から刷り込まれると、何とはなくハッピーな色に見えてくるものだ。

日々の暮らしを支える衣食住の中に、少しだけクリスマスの彩りを加えることで、なぜか気分が明るくなるものだ。かのクリスマスの店でも一貫して唱えてきたコンセプトは、いまもなお変わらない。

たとえば食卓の唐揚げに小さな赤い実が添えてあったり、玄関の花をポインセチアにしてみたり。この月だけは、いつもより派手な深紅のタイを結んでみるのも一考。そんな小さな気遣いで暮らしを楽しむ術はいくらでもある。

身近なところで幸いな気分に包まれてこそクリスマスは貴い。些細な彩りで相手を幸いにできる大切な一日。赤いガウンを着なくても、サンタクロースの気持ちは味わえるのである「メリークリスマス」。

絵・文 ふじたのぶお

■リンク:クリスマスハウス
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by foujitas | 2007-12-07 19:19 | 洒落日記