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二十一年めのセーター

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さきごろ一通のメールが入った。ある東北の地方で当惑されている様子が文面から読み取れる。曰く、二十一年に当地で購入したセーターの糸が綻びた。買った店へ持ち込んだが「そんな古い商品は諦められよ」と断られた。ワラをつかむ思いでインターネットを検索し、小店ほホームページを見つけたという。そして補修の可否や、品物の取り扱いについて質問が続けられていた。そのセーターとはアランニットだ。

たしかに二十数年前、この手でアイルランドから輸入し、全国十数店のメンズショップ仲間で販売した。収納に使っていただく木製の箱をこしらえ、手製の木綿袋を添えた。袋に「ゴルヴェイ社」のロゴマークを印刷したのも当時の洋服屋、すなわち私である。

とおくの昔に取引業務を終えた店をとやかくいう筋合いはない。そんな事よりも、パソコン一台で辿り着かれた先様の要望が大きな問題なのである。もしも叶わなかったら、その落胆は想像の彼方ではないか。

輸入を始めた当時「三十年も着られる本物」と謳った。言葉を裏切らぬために、輸出規制がしかれていた原毛を特別に輸入し、ずっと保管していたのである。この際利益は不問。なんとかしたい一心で事の次第を返信し、首尾良く綻びは完治。するとお客様は、ありがたくも新たな同品を購入されたのだった。またぞろ二十年、原毛は納めておこうかねえ。阿々、商人よ正直なれ。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-01-25 17:51 | 洒落日記  

若者たちの黒スーツ

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さて、いつ頃からこんな風景になったのだろうか。成人の門出を祝う式典に嬉々として集う若者たちのスーツは、おしなべて真っ黒。礼装として黒を選んでいるかといえば、色付きのシャツやタイを組み合わせるところを見ると、必ずしもそうではないらしい。

子どもから大人になる境目。きっと初めてスーツを着用する向きも少なくない。しかし傍らで美しい振り袖や袴を着る女性に比べると、いったい何がこの光景をつくり出したのか、と訝ってしまうのである。

彼らにとって成人式に着るスーツは、友だちや仲間の中で合意を示すためのツールであり、格差や違和感に畏れを感じるがゆえの自己防衛手段とみた。あくまでも社会人として自立し、責任や自覚を重んじて選択した洋服ではないという事だろう。

なるほど、今は良い。だが、諸君。そのままで社会に通用すると思うなかれ。一着のスーツが相手や世間に与える印象は、絶望的にシビアなものだ。それは自分自身や属する組織の利害へ結びつく重要なことであり、経験を積めば誰しも気づく。

なあに、高価なスーツを着られよとは申さぬ。TPOを知り、その場にふさわしい洋服の着こなしが、良い仕事をする土俵に上がるための条件。かかる知恵は失敗を繰り返し、躾を受けながら身につけるべし。これをもって社会勉強という。君たちの一人前になったスーツ姿に、世のオジサンは心を寄せるのだねえ。新成人おめでとう。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-01-18 17:50 | 洒落日記  

お正月の神社にて

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遠方の旧知から届いた賀状をめくりつつ、昼間から杯を傾けた正月。元旦は山陰で釣りと決めていたものの、折からの寒波で海は大シケ。「今年はええ子にしときんさい言う事よ」などとなだめられて一年が始まった。

そんな三が日。初詣をかねて白山比咩神社へ、商売繁盛、家内安全と今年の幸いの祈願に参った。錦川は清く、錦帯橋は優美に佇み、あらためて岩国の佳い事を思って過ごした平和な年明けだ。

日和も良く、大勢の参拝者で賑わう神社の境内には、人々の柔和な表情があった。日頃はスーツに身を固めた企業戦士であろう男性も、このときばかりはセーターにマフラーを巻き付けて、安息の中でひとときを楽しんでいるようだった。

参拝の後、山門で一礼を捧げる老夫婦がいらした。やや足が弱った奥方を気遣い、そっと手をさしのべるご主人の優しさ。数段の石段を歩く僅かな合間に、レディファーストの精神を垣間見たよう。端正な着物姿の女性のそばで、暖かそうなツイードのジャケットを着て、ハンチングをかぶる姿が凛々しい。革の手袋をはずして手を添える愛情は、いかにも心が温まる。良い眺めだねえ。

今年はあのご老人にあやかり「正しい紳士の振るまいで貫こう」と心に思う年頭の洋服屋なのだった。本年もよろしくお付き合いくださりませ。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-01-11 17:49 | 洒落日記