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グレイフランネル

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定年を迎える団塊世代が、豊かな時間を費やして趣味を楽しもうとしたとき、たった三十年の間に、それらの機器は味わいや奥ゆかしさを忘れ去ったようにデジタル化されていた。そこに気づいた業界は昨今、レコードプレイヤーを復刻させ、フィルムカメラを話題にしているという。

アパレル業界でも、かつてはブレザーというとウールのフランネルで仕立てることが当たり前だったが、重たく分厚いフラノ生地は敬遠されるようになり、いつしかサクソニーフランネルと呼ぶ薄くて軽い服地にとって代わられた。

その後はブレザーといえば、ただ金属のボタンが備わった替え上着と認識されるようになり、さらに学生服に採用されるようになって、ますます洋服箪笥の奥深くへ収め込まれてしまったのだねえ。

秋になって今期の服地見本帳が店へ届けられた。さっそく扉を開いてみると、やはりサクソニーには多様な色柄があり、いまどきの主力であることが窺える。さらに捲ると、その中にあった一際軟らかい布に手が触れた。フランネルだ。

それは団塊世代を意識したものか知れぬが、なんとも懐かしい。深いミディアムグレイのフランネルで拵えたパンツは、まさに英国ウェールズの田園風景を思わせる。この秋はひとつ、グレイフランネルのパンツでワーグナーのレコードでも聴いてみるか。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-09-26 16:24 | 洒落日記  

洋服ブラシ

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三十代の青年がドアを開け、棚やラックの洋服には目もくれず言った「洋服ブラシ、ありますか」。むろんブラシはある。彼は嬉しそうな表情を浮かべ、次に困惑したように笑顔をくもらせた。

英国のクラシカルな映画のワンシーンに、玄関の映像があったらきっと映っているだろう。広い屋敷の玄関には最低三本のブラシが常備してある。屋外から館に入った紳士は、かならずコートを脱いてハンガーへ吊し、メイドがそれぞれのブラシを手にとって使い始める。左様、ブラシはそれぞれ用いる対象物によって使い分けられているのである。

三種とは汎用性の高いジャケット用、埃をはらう性能が高いコート用、それに帽子専用に作られた物だ。

ところで洋服にブラシをかける理由を、布に付着したゴミや埃を除去するためと心得る向きが多いけれど、さにあらず。繊維を糸にし、それを織ってこしらえた服地には、繊維の方向が決まっている。ブラッシングの第一義は、むしろ表面の繊維を梳いて繊維の乱れを整える役目。頭髪のブラッシングと同じなのだねえ。

洋服の手入れを重んじブラシの購入を決心して来られた先の青年は、まさかブラシに種類があると知らなかった。目的を尋ね、もっとも相応しいブラシを紹介し、彼は再び笑顔を取り戻した。そのツイードは亡き父の遺物だという。まもなく秋の彼岸。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-09-19 16:24 | 洒落日記  

夏秋服

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お正月番組の中で今年の気象を占うお天気の話題があった。「台風の当たり年で、残暑が厳しい」と述べる、まことしやかな長期予報を聞き、洋服屋として秋口の着こなしに困るだろうと呪った。しかし岩国に大きな台風は見当たらず、九月に入って秋めいた風がさわやかに吹き抜ける。今年の秋は気分が良いねえ。

さて、夏を終えた洋服屋業界では、本格的な秋冬物を扱う前段に端境期の服を揃える傾向がある。保温力が高い羊毛製品を着用するには、さすがにまだ暑い。さりとて夏のままの出で立ちでは開放的に過ぎる。そんな不満足をおぎなうアイテムが「夏秋服」と呼ばれるものだ。

たとえば色合いが濃く、やや重厚な素材感を持つ綿素材。四季を体感できる日本ならではの着こなし術ともいえよう。洋服屋にはいま、ちょうどそんな洋服が並んでいるはずだ。

こんな話題をファッション雑誌などで見聞すると、つい新しい洋服が欲しくなるもの。しかし一方では暮らしを圧迫する燃料の高騰が続く昨今。毎日の食材やガソリンがヒステリックに値上がりしたのでは、新たな洋服どころではない。

なあに、心配無用。夏秋服なんて洒落た名前はあるけれど、ようするに春先に着ていたシャツやカットソーの中から色を選んで工夫すれば同じようなもの。知恵をもって不況を乗り切ろうではないか。もっとも洋服屋は更にに困る。阿々。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-09-12 16:23 | 洒落日記  

ネクタイの季節

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テレビを見ても街を歩いても、スーツ姿の男性はシャツの襟を軽快に開け放った姿ばかりが目に付いた夏。省エネ対策に最適とばかり、政策に則る形で普及したクールビズスタイルは、しかし一方で収まらぬ物議を醸していた。

世界的なエネルギー危機だとか、これこそ時代のルールだなどと肯定したけれど、本来、男の服装においてタイを着用しないスーツ姿は、画竜点睛を欠く着こなしに他ならない。わかっていながら「まあ、ええ言う事にしよう」と、互いが認めているからこそ成り立った特別な服装術であることを忘れてはならない。

ネクタイの意味合いをして無用とする向きもある。しかし身だしなみを考える上で重要な役割を果たすもので、世の男女がみな野生に任せてズボラな不精を決め込んだら、民主主義社会は、まるで成り立たない。

時にネクタイは立場を表し、性格を語り、相手を気遣う大事な布。果ては季節感を楽しみ、満足を得るための愉快なアイテムである。急ぎ足でやってくる秋に、また男たちの胸元が華やぐのだねえ。

国を治める内閣は突然の騒動。日々を懸命に暮らす国民にとっては、寝耳に水の仰天劇である。何でも省くクールビズ思想も良いが、今一度襟元を正し、面倒でもネクタイの一本を結んで、しっかり仕事をしてくれぬものか。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-09-05 16:22 | 洒落日記