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ジャカード

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「ほう、ケータイはジャガードか」思わず口を衝いて出た。フランスのジャカール氏によって考案された多重織機は、豊かなデザインをパンチカードに変換することで多色の糸を複雑に交差させ、自動的に柄を織り上げる優秀な機械である。正しくは「ジャカード」。 連続するレリーフ状の模様を創造するジャカード織りは、無地ネクタイの織り柄やスーツの服地などにも広く活用されている。繊細な柄が容易に量産できることから、十九世紀になって世界中に普及したという。

同じ原理でニット糸を用いてものをジャカード編みと呼ぶ。代表的なニット製品は、多色の糸を巧みに編んだ美しい幾何学模様が魅力的なフェアアイル柄である。伝統的な柄は、昨今のアイビー回帰をテーマにしたメンズファッションにもしばしば見られる。

ところでフェアアイル柄が生まれたのは、スコットランドのシェトランド諸島にあるフェア島。やはり名前がモチーフとなった。独特な風合いを持つ暖かいシェトランドシープの毛を紡ぎ、豊かな色に染め分け、複雑極まる多重編みを手で施すのだから驚くばかり。道理で高価なはずだねえ。

舶来語の誤用は少なくないけれども、携帯電話の予測変換に現れたジャカードの「カ」は、なぜか濁って「ガ」と表示されていた。高嶺の花を身近にしてくれたジャカール氏に敬意を表して、正しくジャカードと呼んで差し上げたい。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-10-31 16:20 | 洒落日記  

ある紳士との会話

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流通の仕組みに則ると、一つの製品が必ずしも意図されたとおりに扱われているとは限らないのである。先頃、クレリックカラーのシャツにニットタイをスマートに結んだ四十前の青年紳士が、ふらりと洋服屋へ立ち寄られた。緑色の洒落たジャケットに袖を通しながら「ボクはこの三釦段返り型が好きなんですよ」と如才なく、服飾の趣や昔話し、愉快な失敗談に花が咲いた。そこである考えが浮かんだ。

思うに、素材を選びデザインを決める作り手には、良い服を造ろうとする心意気がある。それを使う消費者は、着心地や用途に満足を求める。その間に洋服屋が仲介し、経験と勘を働かせて最も相応しい一着を探し出す。さらにクリーニング屋は、大事な洋服を思い出と一緒に美しく保つ技術を提供している訳だ。

これら四者は、しかし流通の過程で刹那的に情報を出するので、うまく意思疎通ができなかったとき困った事態が起きる場合が多い。一着の服に関する様々な立場の考えや感想を共有できたら、きっと洋服はもっと楽しくて幸いな物になる。いきおい洋服屋には断片的な情報が集まる。これらを整理整頓し、解りやすく説くことも大事な店の役割にちがいない。そんなことを思いながら紳士と話しを続けたのだった。

老舗の専門店が残る商店街では駅前新聞の創刊準備が進んでいる。地域の人々が意見交換するコミュニティが誕生するような街になったら良いねえ、市長さん。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-10-24 16:19 | 洒落日記  

フラワーホール

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神田須田町。背広の仕立て部門を担う取引先で用向きを済ませた復路の新幹線で、携帯電話が鳴った。「背広の衿にあるのはバッヂを付ける穴よねえ」と同意を促すのは、ご贔屓をくださるお客さんだ。宴の席で話題になり、真相を質すべくダイヤルしたという。

問題になった穴が開けられた衿は「ノッチドラペル」と呼ぶ。カギ型に刻まれた形状から「菱衿」と訳される背広の一般的な形であり、いまさら疑いをもたれる事もなく、広く受け容れられている。

ひもといてみるなら、そもそも背広は詰め襟が原型だった。背広の衿を立ててみれば解るように、首周りにある上衿部分が昔の学生服に見る詰め襟。これを開いて着ると菱衿になるという仕掛けで、すなわち詰め襟の第一ボタンこそ背広の衿の穴なのだ。だからシングル前立ての場合は片側に、ダブル前立ての背広には両衿に穴がある。対する肝心のボタンはやがて省略されてしまい、ボタンホールだけが名残となったのだねえ。

答えは否と思えるが、さにあらず。英国の仕立て屋は、この穴に「フラワーホール」という洒落た名前をつけ、勲章や記章などのバッヂを挿す穴として応用した。

日本へ舶来したとき、すでに「バッヂを付ける穴」と認識されていたという事は、はっは、ご両人さんの意見は共にご名答。考えてみると背広には、それだけを見れば不可解なことが少なくない。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-10-17 16:18 | 洒落日記  

コールテン

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文明開化。日本には急速に西洋の物事が流入し、各地で独自の繁栄をみた。とりわけ衣食住にかかわる物は優先的に受け容れられた背景があって、当座の呼び名を付けて国内へ流通させたにちがいない。ポルトガル語やフランス語、英語が入り交じる貿易港にあって、難解な発音や長い名称を巧みに簡略化し、それは短期間で市民権を得たのだろう。

「別珍」といえばベルベット。畝(うね)のあるベルベット生地は「コールテン」。英名「コーデッド・ベルベッティン」を甚だしく簡素にした名前である。いつしかコール天と書くようになったのは、まったくの当て字というわけで、現代のアパレル業界ではコーデュロイと呼ばれる場合が多い。

さて別珍に比べると、表面に凹凸を持つコールテンはスポーティな印象が強い。いまでは綿素材が主に用いられ、軟らかく丈夫で、ベルベット特有の光沢と深い色合いが特徴。多くはパンツやスカートなどのボトムスに用いられる、秋冬ファッションの代表選手だ。

そして毎年、メンズショップの窓を飾るのが同素材で仕立てたスーツ。季節柄ウール素材が多い中にあって、コットンの優しい肌触りと風合いを楽しむには最適のカントリー調ファッションだねえ。

メンズファッションの三十年を振り返ってみれば、素材や色、形を変えずに受け継がれている洋服は実のところ多くない。今年はコールテンのスーツを味わってみるか。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-10-10 16:18 | 洒落日記  

CPOシャツ

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今秋のメンズファッションには、派手なチェックのシャツが目立つ。布のシャツには変わりないのだけれども、それは一般的なスポーツシャツよりも分厚くて丈夫。両胸にはフタ付きのポケットを備え、ウール素材で作られた物もある。多くは裾をパンツの外へ出し、ジャケットのように上へ羽織るような着こなしが紹介されことが多い。

ショーウインドウの小さなカードを読んでみると「CPOシャツ」と書いてある。どこかで聞いたような英文字だが、昨今のビジネス用語にいう最高経営責任者「CEO」ではない。

「チーフ・ペティ・オフィサー」。アメリカ海軍の曹長クラスを表す階級の略号。水兵たちは艦上でセイラーを着ているから、CPOシャツは、つまり下士官になって初めて着用できるエリートの象徴なのであるねえ。

六〇年代のアイビーブームに、あのVANがアメリカから伝えたアイテムの一つ。本来は無地のウールで仕立てた軍用制服だったが、後に明るいチェック柄などが好まれるようになり、タウンウェアとして培われた。後のアウトドア・ファッションが流行した時代には、その機能性とファッション性が大きく評価され、カジュアルな着こなしには欠かせないアイテムとして人気を博した。何でもない海軍制服をファッションアイテムに仕立て上げた先達のセンスには舌を巻くばかり。

絵と文・ふじたのぶお
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by foujitas | 2008-10-03 16:17 | 洒落日記