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若者から青年へ

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春になったら高校を卒業し、大阪で就職することが決まったという学生のスーツを見立てた。昨今では、新入社を控えた若者の多くは、友人と示し合わせて量販店へ赴き、テレビで見た歌手が着用するような黒いスーツを購入することが多く、商店街のちっぽけな老舗を訪れるケースは少ない。

その若者は多聞に漏れずジーンズを尻まで下げていたが、採寸をしながらスーツ姿の佇まいを説いた会話に対しては、実に凛とした受け答えをされた。正しいと感じた事は素直に受け容れ、不可解に思った事はきちんと尋ねる。そうして理解を深めながら、服地やデザインを選び、時間をかけて一着のスーツを仕立てたのだった。きけば高校生活では武道を嗜み、自らの意志で就職を決めたという。

おそらく彼は級友と過ごすときなら、どこにでも見られるような若者風にリラックスしているだろう。しかし、これから社会へ出て大人と共に営んでいく強い自覚があったに違いない。一介の洋服屋が彼の前後を知る術はないけれども、まさしく若者から青年へ成長する過程を目の当たりにしたようで、やけに嬉しく思えたのだねえ。

一着のスーツが社会に及ぼす影響は大きい。いや、正しくは、身なりや所作、言動が評価の第一基準にされることは、普遍的な社会のルールである。その気構えを持って社会に出る彼は、大きなアドバンテージを持っている。頑張れ、青年。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2009-02-27 17:27 | 洒落日記  

トグルボタン

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英英辞典でも開かねば出てこないような単語だろう。「トグル」とは聞き慣れない言葉である。コンピュータ用語には「同一操作で機能を切り替える意」と解釈され、自動車用語では前照灯の切り替えスイッチを指す。これがアパレル用語では、かのダッフルコートのボタンを言う。

毛布のような厚手の羊毛生地でこしらえたダッフルコートは、英国将校が戦地で採用したことから、やはり英国のグローバーオール社のそれが一躍有名になった。後に米東部の大学生たちが好み、アイビーファッションの代表的なアイテムとして名を連ねた。

そのボタンは特徴的で、水牛の角の先端を加工した「ツノボタン」を革ヒモで留めるもの。ほかに同じ仕様の洋服は例がない。これをして角こそトグルボタンであり、ダッフルコートの特徴とする向きがある。

一方で市場には、角ではなく魚釣りに用いる木製のウキを模したボタンを備えた物があった。コートの形は同じ。こうなると、どちらが本物かとする論争が巻き起こる。ダッフルコートのルーツはノルウェイのバイキングに辿る。大西洋を股に掛け、海上生活の中で浮き子をボタンの代用としたという説は、たしかに一理ある。

ダッフルコートの向こうに英国を見るか、はたまた北欧の海賊に思いを馳せるか。トグルボタンとは摩訶不思議な夢をかき立ててくれるねえ。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2009-02-20 17:26 | 洒落日記  

美しいパンツの採寸法

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いくらオーダーメイドが良いと分かっていても、普段に使うパンツを誂えることは困難。多くは裾が半仕上げになされた既製品のサイズを測り、自身の体に合わせて縫い直す。生地を選び、形やデザインを吟味し、試着。すると店員がやってきて裾を折り曲げて長さを決めるというのが相場である。

採寸を行うとき、あれこれと意見を申す店員が居たら、そのパンツはきっと美しく着用することができるだろう。しかし大抵の場合、採寸は実に手早くピンが打たれ、早く着替えよといわんばかりに再びカーテンは閉じられる。そこで美しいパンツの採寸法。

まずパンツの股上を正しく合わせること。品物によって異なる股上を無視し、ベルト位置を自分の好みに従えると、股上が深いパンツの場合、やけに短足な佇まいになる。つまり股に余分な空間が生じているのだ。次に、採寸のときは背筋を伸ばして正面を見据えること。鏡の前に立つと店員が裾を触るので、つい気になって前屈みの姿勢で裾を見ようとしてしまう。腰の屈折によって裾は持ち上がり、意図したより長く仕上がって「ワシの足が短くなった」と嘆いてしまう。さらに多用する靴の形状を考慮する。ローファー型などのスリッポン靴より、プレーントウなどのヒモ靴のほうが甲が高い位置にあるので、正しくは前者に合わせる裾のほうが五ミリ程度長い。

 パンツ一本でも、こういう事柄をきちんと尋ねてくれる洋服屋がいいねえ。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2009-02-13 17:26 | 洒落日記  

バレンタインデーの洋服屋

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日本におけるバレンタインデーの風習は一九六〇年に有名な菓子会社が大々的な新聞広告を行い、追随する同業各社の勢いで普及したという。この日に菓子を贈る慣習は海外でもあったけれども、チョコレートに限ったことではなかった。後になって歳暮や中元と同じ感覚で「義理チョコ」が飛び交い、やがてバブル景気と共に高級チョコレートが脚光を浴び、いよいよ一段落したような昨今である。

洋服屋でも、いわゆる義理相当のギフト需要は少なくなり、代わって誕生日やクリスマスの贈り物に匹敵する品物を探して来られる方が増えている。これもバレンタインデーの栄枯盛衰になぞらえてみると頷ける。

さて、そう考えてみても、バーゲンも一段落した二月中旬の洋服屋は、正直なところ品揃えが中途半端。ユニクロのような年中の物量作戦をとらぬ限り、洋服屋には旬というものがある。そんな中にあって、季節を尺度にしないファッション小物は、こんな時期にキラリと輝きを増すのだねえ。

たとえばカフリンクス。袖口ボタンの位置へ飾る洒落たアクセサリーは、クラシカルな男の服飾品として近年、ふたたびファンが増えている。あるいは皮小物。財布や名刺ケースなどは、ブランド名に揺るがない革質と縫製で仕上げた品物が玄人に人気がある。バレンタインデーは、日頃は隠れている洋服屋の一面がよく見える日かもしれない。

絵・文 ふじたのぶお
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by foujitas | 2009-02-06 17:25 | 洒落日記