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ダッフルコートの彼

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有楽通りを街灯が照らし始めた黄昏どきに、一人の青年が店のドアを開けて来られた。「あのう、ダッフルコートありますか」店内を見渡すまでもなく尋ねる彼に、今年はもう売り切れてしまったことを伝えた。するといささか残念そうな面持ちで、しかし彼は注文が請けられるかという旨を続けられた。

たしかにメイカーのネットワークを探し回れば一着のコートは見つかるだろうけれども、別注文となれば、絶望的に限られた品物でしかない。逡巡する彼の表情に、ふと遠い記憶が重なった。この品薄の時期にあえて欲する裏側には、いったいどんな気持ちがあるのだろうか。四半世紀も前に味わった、あの千秋の思いが歴然とよみがえったのだねえ。

ダッフルコートとは「ダッファー」と呼ぶ厚手のウールで仕立てた丈の長いコートだ。フードが備わり、木や水牛の角を削った「トッグル」という特別な釦が付く。かつて英国海軍の将校が制服に採用した事がきっかけとなって広まった、元はノルウェーのバイキングが考案したものと言い伝えられる。

それはとても高価で、大袈裟な造作であるせいか、学生時代、一大決心の果てに至る買い物だった。だから事を急いて、色やデザインなどを妥協して買うには余りにもったいないシロモノなのである。左様な事情で次の秋を待ったほうが良いと熱弁を奮い、彼を説き伏せた。今年の秋にもう一度、彼が店のドアを開けてくださるか否か、さて。

絵・文 ふじたのぶお

by foujitas | 2008-02-22 17:55 | 洒落日記  

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