フラワーホール
神田須田町。背広の仕立て部門を担う取引先で用向きを済ませた復路の新幹線で、携帯電話が鳴った。「背広の衿にあるのはバッヂを付ける穴よねえ」と同意を促すのは、ご贔屓をくださるお客さんだ。宴の席で話題になり、真相を質すべくダイヤルしたという。
問題になった穴が開けられた衿は「ノッチドラペル」と呼ぶ。カギ型に刻まれた形状から「菱衿」と訳される背広の一般的な形であり、いまさら疑いをもたれる事もなく、広く受け容れられている。
ひもといてみるなら、そもそも背広は詰め襟が原型だった。背広の衿を立ててみれば解るように、首周りにある上衿部分が昔の学生服に見る詰め襟。これを開いて着ると菱衿になるという仕掛けで、すなわち詰め襟の第一ボタンこそ背広の衿の穴なのだ。だからシングル前立ての場合は片側に、ダブル前立ての背広には両衿に穴がある。対する肝心のボタンはやがて省略されてしまい、ボタンホールだけが名残となったのだねえ。
答えは否と思えるが、さにあらず。英国の仕立て屋は、この穴に「フラワーホール」という洒落た名前をつけ、勲章や記章などのバッヂを挿す穴として応用した。
日本へ舶来したとき、すでに「バッヂを付ける穴」と認識されていたという事は、はっは、ご両人さんの意見は共にご名答。考えてみると背広には、それだけを見れば不可解なことが少なくない。
絵と文・ふじたのぶお
by foujitas | 2008-10-17 16:18 | 洒落日記