紺と黒
「おせんべつにしたいのですが、ネクタイを見せてもらえますか」二人の美しい女性が店へいらした。聞けば三十歳半ばの後輩が転勤する事になり、慰労を込めて同僚から贈りたいという。すかさずご当人の様子を尋ねてみると、やはりダークスーツが多く、いつも黒っぽいストライプ柄のスーツを着用している、と彼女たちは口を揃え、そして「地味なのよね」と付け加えた。
さて、いつ頃から日本人は黒いスーツを好むようになったのだろうか。その昔、リクルートといえば紺色のスーツであり、ブレザーなら「紺ブレ」と呼んだように、黒よりもむしろ紺が好まれていたはずだ。バブル経済が終わり、景気が下降線をたどると同時に、どうやら黒いスーツが台頭してきた記憶がある。それは主に若い世代に見られた現象であり、いまから十数年前の成人式には、ほぼ全員が真っ黒なスーツで岩国市民会館へ集っていたのである。主導権を握ったのはファッション雑誌ではなく、テレビの中で金髪にして歌う音楽バンドだった。サイケデリックな舞台衣装と社会人として分別のある服装の区別が、彼らには上手くできなかったというワケか。
服装術は本来、先輩を敬い、後輩を労う中で培われるもの。桜色のきれいなネクタイを選んでくださった彼女たちを見送って、ふと思うのだった。君たちがオジサンになったとき、困ることの無いような人間関係を築いておきたまえ、若者よ。
絵と文・ふじたのぶお
by foujitas | 2010-02-05 17:20 | 洒落日記