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靴のお国柄

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実のところ日本における革靴の歴史は、さほど深くない。明治維新を迎え、異国に文明が舶来する以前は、もっぱら草履や下駄。すなわち植物を主たる素材に求めて、履き物をこしらえていたのである。そのころヨーロッパのかの地では、動物の皮革がもつ伸縮性や耐水性、耐摩耗性をすでに利用していた。日本人にとっての起源は「靴」という漢字にもかいま見られるではないか。

同じ欧州にあって、しかし地域によって好まれる靴は異なっていた。英国では頑丈で重厚な靴が流行し、イタリアでは華奢な軽いものが好まれた。

グッドイヤー・ウェルト製法と呼ぶ靴の縫い方は、底革を別仕立てにするもので、底革の取り替えが容易にできる特徴がある。英国では古くから用いられた質実剛健で伝統的な技術。一方イタリアでは、マッケイ製法というシンプル方法でな底革を縫い合わせる。用いるのは、ていねいにナメした上質な牛革。まさしく足にすいつくような極上の履き心地をもたらすのだ。

職人が技術を凝らせて作った靴は価格も高い。高いが一度履いたら、これが病みつきになる。美味しいステーキの味を知ったら、またそれが食べたくなる。人間とは業の深い生き物だねえ。数日前から棚の上に値札を付けて陳列してあるゼニアの白い靴。店主が買ってしまっては元も子もないか、南無三。

絵と文・ふじたのぶお

# by foujitas | 2008-04-18 15:07 | 洒落日記  

競馬

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競馬ときけば、たしまぬ向きにとっては金銭を用いる賭け事として認識される場合が少なくないが、そのルーツをひもとくと想像以上に奥深い。近代競馬のはじまりは二世紀頃ともいわれ、現在の様式になった事実は十九世紀初頭の、やはり英国の古い歴史に刻まれている。日本では昭和二十九年に日本中央競馬会法が公布されて以来、暇なく世間に話題を投じているのである。

英国アスコット競馬場は、かのアン王女の一声で建造された王室が保有する有名な競馬場だ。映画「マイ・フェア・レディ」でも背景に採用されるなど、その優美なムードは世界が認めるところにちがいない。

競走馬を所有する馬主は、大きな財力と高い社会的地位を持ち合わせた人物。昔なら貴族や豪族と呼ばれる人々が集い、持ち馬を競わせるのだから、それはたしかな社交場だった。ダービーハットやアスコットシャツなどが生まれたことからも、当時の豊かな競馬社会が見えてくる。

ターフを駆るサラブレッドを介して存在する裕福な馬主と、新聞と赤ペンを握りしめる競馬ファン。両者にある大きなギャップは、古今東西どこか滑稽なのだねえ。

春の牝馬の第一冠、まもなく桜花賞が開催される。今年は上等なスーツでも着て広島ウィンズでも行ってみるとするか。阿々、小市民。

絵と文・ふじたのぶお

# by foujitas | 2008-04-11 15:05 | 洒落日記  

衣替え

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「こちらは合い物のスーツ生地です」と春先の店で話すことがある。「あいもの」とは春夏秋冬の四季に分けた夏や冬の前に着用する服地、という意味の常用語と認識していた。正確な定義を調べてみると、やんぬるかな大きな誤用。四半世紀も洋服屋をやっていながら身が縮む思いである。猛省。

それは本来、魚河岸において塩干物と分類される、魚の加工品をさす呼び名。鮮魚と干魚の中間程度に乾燥させた、実に美味い魚の干物の事である。居酒屋で肴となるホッケなどが代表的な品物だ。文字もしかり。間物、また正しくは四十物と記す。

言葉の位置づけは似通っているが、現代人が誤用に至るまでには一つのキーワードがあったのではないか。和装にある「袷(あわせ)」の着物。夏に着る「単衣(ひとえ)」や冬の「綿入れ」に対し「袷」は、四月と九月の初旬の短いあいだに使う着物として、武家社会で愛用されたという。いわゆる衣替えの習わしだねえ。

西洋文化が海を渡ってもたらされたとき、かかる古来の慣習は巧みに融和した。魚と衣服の「あいもの」は、どちらも中間を示す言葉として、いつの間にか会話に用いられるようになったではないだろうか。

宮中にて旧暦四月一日の行事として始まった衣替え。ちと気が早いが、そろそろ今年も春の箪笥を開けてみよう。

絵と文・ふじたのぶお

# by foujitas | 2008-04-04 16:13 | 洒落日記  

鵜匠

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錦川に伝わる鵜飼いに新たな楽しみが加わえられる。先頃の「桜舟」に続く日中の鵜飼い興業「昼う飼」。さらに鵜の飼育施設を見物できるよう誂え、川面で巧みな身のこなしを魅せる鵜を観覧しようというものだ。伝統としての鵜飼いと、興業としての鵜飼いがマッチした妙案である。

ときに鵜匠の衣装に関する考察。暗闇の篝火(かがりび)に照らし出されるだけで、確たる姿は見えなかったが、ホームページによれば「鵜匠の服装は昔のままの伝統を踏襲し、頭に風折烏帽子(かざおれえぼし)、衣装を着て、胸に胸当て、腰に腰蓑(こしみの)をつけ、足に足半(あしなか)を履いています」とある。なるほど、いずれも古来より狭い船の上で、鮎に気取られぬよう動くための機能を考慮して生み出されたものだろう。

興味深いのは、そのすべてが布や植物繊維によって拵えられている事だ。農耕民族とされる大和文化では、主に植物を暮らしの糧として生きてきた。一方で狩猟民族が生きた地域では、動物の革が生活の道具に用いられた。馬具を見れば一目瞭然。日本の武将が使った鞍や手綱はやはり布と木である。

鵜匠はワラを撚り合わせた手縄(たなわ)を使って鵜を操る。この縄は逆撚りになるとたちまち切れる仕掛けなのだという。鵜と鵜匠の信頼関係はかくも優しいねえ。

今年は青空の下で華麗な鵜飼いが観覧できる。桜がほころぶ錦帯橋へ行ってみるかね。

絵と文・ふじたのぶお

# by foujitas | 2008-03-28 16:12 | 洒落日記  

服装の演出力

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「仰げば尊し」とは卒業式の伝統的な唱歌だ。昨今ではポップス、歌謡曲などが好まれる一方で、やはり根強く各地で歌い継がれているという。現代っ子のライフスタイルには縁遠い歌詞にはちがいないけれども、厳粛な式典である貴い一日には相応しい歌といえるのだろう。

もはや遠い記憶の彼方に追いやってしまった卒業の日をたぐり寄せると、昨日まで親子か兄弟のように接していた先生方が、この日ばかりは違って見えたことに気づいた。

日頃はトレーニングウェアで竹刀を振り回していた先生も、白衣に身を包み寡黙にペンを走らせていた先生も、みな一様にダークスーツを着用し、学徒である我々とは一線を画すように講堂の上座へ並び、だれもが温かく見守るような目で立ち尽くしているのである。「ああ、この人たちは大人なんだ」と、子どもたちは哀れにもそこで思い知るのだった。

おりしも卒業式の刹那。学徒は自らの人生に小さな節目を感じ、はじめて感謝を思い起こし、清々しい気持ちになって式典を辞する。

服装が醸しだす演出力は大きい。いくら饒舌にしゃべっても、崩れてしまった着こなしでは相手に与える印象も相応のものでしかない。如才なく立ち振る舞うためには、良い服を正しく着こなすことが不可欠なのである。

それにしても苦労と感動の起伏が大きいものだねえ、先生と呼ばれる職分は。

絵と文・ふじたのぶお

# by foujitas | 2008-03-21 16:11 | 洒落日記